なんで私ばっかり?仕事や家事育児で(心理&スピリチュアル)
※この記事の動画verは、こちら↑
本当はずっと、誰かに気づいてほしかった──
どうして、私ばかり…我慢して、頑張って、気をつかって。それでも、誰にも気づかれない──
そんなふうに感じたこと、ありませんか?
職場でも、家庭でも、友達との関係でも、なぜかいつも、“いい人”でいようとしてしまう。
それが悪いことじゃないって分かってるけど・・
でも、内心ではちょっとだけ、苦しかったり、寂しかったりして。
今日は、そんなあなたに、静かに寄り添う記事であり・・
この記事を見終わる頃には、"私ばっかり我慢してる…"という苦しさの正体が、静かにほどけはじめます。
どうか最後まで、ご自身のために、ゆったりと聞いてあげてくださいね。

こんにちは。名無き仙人です。
名無き仙人【プロフィール】
【幸せな生き方】ブログ2010年から続いています。感謝。
■第2章:感情を抑える“癖”がついた背景

私たちは子どもの頃から、こんなふうに育てられてきました。
「いい子にしてなさい」「みんなが見てるよ」「迷惑をかけちゃダメ」「恥ずかしいことしないの」
自分がどうしたいかよりも、“周りにどう見られるか”を優先するよう、繰り返ししつけられてきた。
だから、嫌なことがあっても、「私が我慢すればいい」と、自然に思うようになっていった。
「期待に応えることが正解」
「周りをがっかりさせないようにしなきゃ」
そうやって、本音を押し込めて、「ちゃんとした私」を演じてきた。
■第3章:我慢し続けると起きること
でも、ずっと我慢し続けると、どうなるかというと…
注意ポイント
・笑ってるのに、心が疲れてる
・優しくしてるのに、イライラしてくる
・誰にも怒ってないのに、涙が出てくる
「もう限界かも」と思っても、「私が弱いだけだ」って、また自分を責めてしまう。
でも、本当は──
あなたが弱いんじゃなくて、“無理をしてきた時間”が長すぎただけなんです。
■第3.5章:なぜ、そうなったのか? 〜A子さんとB子さんの違い〜
ここで、2人の女性の対比を紹介させてください。
A子さんは、幼い頃から国際フリースクールで学び、やりたいことを自由に選びながら育ちました。
高校で留学も経験し、「自分が何をしたいか?」を大切にしてきました。
社会に出てからも、周りの期待ではなく、「自分の本音」に従って仕事を選び、今も自由に、自分らしく働いています。
一方、B子さんは──
日本の公立小中高をまっすぐに進み、「いい子ね」「ちゃんとしてるね」と言われることが正解だと信じて育ちました。
大学や就職も「ちゃんとした道」を選び・・
社会人になってからも、誰かのために我慢して、気をつかって、ずっと「ちゃんとした人」であろうと頑張っています。
でも、B子さんはこう感じています。
「私ばっかり我慢してる気がする…」
「誰かに、ちゃんと気づいてほしい…」
この2人、どちらが良い・悪いという話ではありません。
ただ、多くの人がB子さんのような育ち方をしているという事実。
そして、それが「我慢してしまう癖」や「本音を抑える習慣」として、今の私たちをつくっているということなんです。

こう、自問してみてください。
「私は、どういう教育を受けて、育ってきたんだろう?」
子供の頃、家庭で、学校で、どう言われてきましたか?
「ちゃんとしなさい」と言われてきましたか?
それとも「好きなことをしなさい」と言われてきましたか?
■第4章:じゃあ、どうすればいい?
まずは、小さな「イヤ」を、自分に許してみてください。
「今日は行きたくない」「ちょっとしんどい」「一人になりたい」
そういう気持ちを、メタ認知を使って気づいて、否定しないで、「ああ、そう思ってるんだね」って、そっと受け止めてあげる。
“我慢しない私”になる必要はありません。
ただ、“気持ちに気づける私”になるだけで、世界の見え方は、少しずつ変わっていきます。
■第5章:私のストーリー 〜期待されない自由〜
かつての私は「期待されなくなったら終わりだ」と思い込んでいました。
期待に応え続けていれば、必要とされる。必要とされれば、私は価値がある。
そう信じて、無理をしてでも、頑張ってきたんです。
でも、潜在意識の書き換えを通じて、私は少しずつ「自分の本当の気持ち」に気づいていきました。
そして今では──
「期待されない生き方」「期待させない生き方」を選ぶようになりました。
期待とは、妄想です。
「こうなったらいいな」という、他人の頭の中にある想像。
つまり、他人の期待に応える生き方とは、**「他人の妄想にお付き合いする人生」**でもあるのです。
私は、その“お付き合い”から、静かに、でもしっかりと、少しだけ距離を取りました。
私はもう、他人が押し付けてくる期待(妄想)には、応じない。
■第5.5章:構造的に見た“我慢の正体”
そもそも、なぜ私たちは、ここまで我慢してしまうのか。
それは、ただの性格ではなく──構造として、そうなるように育ってきたから。
そして、その奥には人間の本能があります。
群れの一員として認められることは・・
生き残る確率を上げ、繁殖の機会を得るという、人類の進化にとって合理的な選択だった。
だからこそ、「周囲に合わせる」「空気を読む」「期待に応える」は・・
**命を守るための“正しい行動”**だったんです。
だから、あなたがそうしてきたのは、自然なこと。
むしろ、真面目に生きてきた証です。
■第6章:ゲシュタルトの祈りと、あなたへの言葉
そんな私が、大切にしている詩があります。
『ゲシュタルトの祈り』
メモ
私は私のために生き、あなたはあなたのために生きる。
私はあなたの期待に応えるために生きているのではない。
あなたも私の期待に応えるために生きているのではない。
もし私たちが出会えたなら、それは素晴らしいこと。
でも、出会えなくても、それもまた仕方のないこと。
初めてこの詩を読んだとき、心の奥にかかっていた鎖が、すっと外れていくような感覚がありました。
「私は、私のために生きていいんだ」
そう思えたとき、はじめて“我慢しない自由”が、私の中に芽生えたんです。
■ラストメッセージ:我慢してきたあなたへ
あなたは、十分すぎるほど頑張ってきた人です。
だからこそ、そろそろ、
「私はどう感じてる?」「私は、本当はどうしたい?」
そう、自分に問いかけてみても、良さそうですよね。
今日のこの動画が、あなたの中の何かを、静かに、でも確かに、解きほぐせたなら嬉しく思います。
なお、「期待しない」「期待させない」「期待にこたえない」期待3原則について、以下の記事が詳しいです。
・【期待とは妄想】期待3原則『①期待しない②期待させない③期待に応えない』
また、お会いしましょう。
最後まで、ありがとうございました。感謝しています。
<名無き仙人>




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