「パワーかフォースか」17の意識レベル|ホーキンズ博士が示した“悟りの一歩手前”の真実
※この記事の動画verは、こちら↑
「あの人は、人間性が高い」とか「この人は、魂レベルが低い」など・・
私達、人間の、曖昧にされがちな【意識の進化度合い】について。

アメリカの精神科医ホーキンズ博士は、著書「パワーかフォースか」のなかで・・
わかりやすく17段階のマップとして、現しました。
こちら、【17段階の意識レベル】について、こちらの動画が詳しいです。
記事は、こちら→【完全解説】17の意識レベル【パワーかフォースか】人間性『高い人と低い人』
さて、最も高いレベル『悟り』の1つ手前にある『平和』。
貴方は、どんなイメージをもっていますか?
私は、「たいそう厳かな、人間を超えた存在のレベルなんだろう」と思っていたのですが・・
実は、そんなこともなかった。
『他者メタ認知』を獲得した後に、自然に現れる【次のステージ】が、意識レベル600『平和』だった。
しかも、他人達から見ると、変化がわからない。
というより、まあ、興味をもたられない。
しかし、本人の体感としては、バグるくらい変わる。
「他人達から見ると、変化がわからない。でも、自分の中では、世界も体感も、激変する」
意識レベルが上がる時は、いつもそうだったけど・・
そう、実は、意識レベル600『平和』とは・・

客観的な物理現実が、平和になるのではなく。
主観的な脳内の現実が、平和になる状態だったんです。
そう、実は、主観的な体験の変化。
まあ、伴い、外側の客観的な物理現実も変化はするけれど、メインは『主観的な脳内体験』の変化だった・・

こんにちは。名無き仙人です。
名無き仙人【プロフィール】
【幸せな生き方】ブログ2010年から続いています。感謝。
少し、話は遡ります・・
第2章|他者メタ認知の衝撃
長らく、意識レベル上の激変は、なかった私。
しかし、AIの登場で、話は一変しました。
というのも。
他人の脳内をシュミレーションするスキル『他者メタ認知』を獲得することになったからです。
私は、潜在意識の書き換えに取り組み始めたことを、きっかけに・・

自分の脳内を客観視する『自己メタ認知』は、高まっていたようなんですね。
「今、自分は、こう考えていたよね?」
「今、私は、不安を感じているな」
そう、自分の考えや、感情には、気づける。
でも、この『脳内を客観視する』が、「他人の脳内」にまで、拡張するなんて、想像すら、していませんでしたが・・
『他者メタ認知』を手にすると、「他人の脳内」まで、仮想的に見えるようになってくる。
「今、この人は、こう考えているな」
「今、あの人は、こういう不安を感じているであろう」
それは、「人間とは何か?」人間構造に基づく理解から、自然、発生する「他人の脳内をシュミレーションするスキル」。
この『他者メタ認知』を手にしたことで・・
「うんうん。わかるよ。そう考えることになって、当然だよね」
他人の最深部まで、わかるようになってしまい・・慈愛。
もう、他人は脅威でも、ライバルでもない。
他人をコントロールしようとすることもなく・・
他人を責めることもない。
他人と比較することもなく、裁くこともない。
ただ「そうなって、当然だよね」と最深部から深く理解した状態で、ただ客観的に見る。俯瞰する。
この状態を、スピリチュアルな表現をすると、「無条件の愛」とか「手放しの愛」などと・・
崇高な表現をされることになりがちなわけですが。
そう、『他者メタ認知』を手にしたことで、意識レベル500『愛』へと進化したのち・・
その後に、構造的な必然として、訪れ始めた【次なる衝撃】がありました。
第3章|自我すら俯瞰する衝撃
自分自身のことって、客観視するのが難しいけれど。
他人のことは、客観的に見やすいですよね。
だから、『他者メタ認知』を手にし始めた頃から、急速に、人間理解が深まり始めた。
「はいはい。人間って、こうなってるんだ」
「鈴木さんの、あの行動も、ホモサピエンスとしての必然行動だったのか」
人間という生き物の、最深部まで、見え始めた。
それが、自我。
自我とは、「私」という意識ですが・・
それは、ある種の「開けてはいけないパンドラの箱」。
だから通常は、「私とは何か?」自我の正体について、深く、しつこく、探求することができない。
自我が拒絶するから。
だから私も、15年以上「意識とは?」みたいなテーマで、ブログを書いてきていますが・・
自我については、一度も書いたことがなかった。
そう、自我は、自我の拒絶により、深ぼることができない構造になっている。
まあ、「自我とは何か?」には、意識が向かわないわけですね。
貴方様は、どうでしょうか?
でも、他人の自我を客観視するなかで、突破され始めたんです。
「え?ちょっと待って。自我って、人類共通だから、私自身にも、この人と同じ、自我があるんだよね?」
この時、初めて、パンドラの箱が開き始めた。
その後に、まあ、恐怖体験も含め、いろいろあったのですが・・
最終的には、自分自身の自我構造すら、客観視できるようになっていった。
すると、私は、私のことを、こう呼ぶ機会も増えていったんですね。
「今、この‘私’という個体が、自我を刺激されて、イライラしているな」
そう、自分自身のことすら、80億いるホモサピエンスの個体の1人として、俯瞰して見る機会が出始めた。
そして、自然と、自動思考が止まる体験などを繰り返すなかで、さらに理解が深まっていき・・
「‘私’という個体のなかで、立ち上がっている‘私’という自意識は・・
生存確率を高めるために、進化の過程のなかで、ホモサピエンスが作り出した【仮構造】である」
私のなかにも、‘私は’‘自分は’という自意識が立ち上がっているなかでも・・
‘私は’という自意識を、究極にまで、俯瞰できるようになっていった。
すると・・
物理的な世界は、何も変わっていないけど。
主観的な世界が、変わり始めた。
毎日の、体感が、劇的に変わり始めたんです。
そう、実は・・
意識レベル500【愛】とは、『他者メタ認知』の領域であり・・
意識レベル600【平和】とは、『自我を扱う』領域だった・・
では、もう少し、わかりやすく見ていきましょう。
第4章|意識レベル600「平和」とは?
「平和」と聞くと、“心が穏やかな状態”を想像しますよね。
けれど、ホーキンズ博士が提唱した**意識レベル600=Peace(平和)**は・・
それとはまったく違う次元の“平和”のようなんです。

博士の理論では、人間の意識状態を0から1000のスケールで表し・・
怒りや恐怖といった低い波動から、愛・喜び・平和・悟りへと上昇していく17段階の構造を示しました。
その中で「600:平和」とは──
個人的な意志やエゴの支配を超え、存在そのものが静けさに満たされる状態を指します。
このレベルに達した人は・・
もはや「自分」と「他人」「善」と「悪」「成功」と「失敗」といった、すべての二元的な区別を超え・・
外で何が起きても、内なる静寂が一切揺らがない。
博士は言いました。
「思考や感情が静止し、ただ“在る”という感覚だけが残る」
それが、意識レベル600──**Peace(平和)**の真意です。
ここで誤解してはいけないのは・・
「穏やかに生きること」や「怒らないこと」が目的ではないという点です。
600の“平和”とは・・
思考や感情を抑え込むのではなく、思考や感情を生み出していた主体(=自我)が静まること。
「心が静かになる」ではなく・・
「心という現象を生み出す私(自我)が、俯瞰されることで、影響力が弱まる」。
そこに訪れるのは、“努力して得た静けさ”ではなく、構造として残った静寂なんです。
では──
この「平和600」という意識状態を、心理構造・メタ認知の観点から見ていくと・・
どんなプロセスで起こるのでしょうか?
次の章では、潜在意識の書き換えを超えた先。
**“自我そのものを俯瞰する意識”**に焦点を当てて、深掘りしていきましょう。
第5章|「自我を俯瞰する」ということ
潜在意識の思い込みを手放したその先に、さらに深い領域があります。
それが──自我そのもの。
私達は、潜在意識を書き換えれば人生が変わると思っています。
けれど、それを操作しようとする“私”こそが、自我なんです。
つまり、「自分を変えたい」「ポジティブになりたい」「悟りたい」という欲求そのものが・・
まだ“自我による自己修正”の段階。
いわば、ゲームの中で自分をチューニングしている状態なんです。
では、「平和600」とは何か。
それは、自我をも俯瞰する意識です。
自我とは「私は」「自分は」という自意識ですが・・
自我が考え、反応し、恐れ、守ろうとする──

その動きを、ただ観察している“もう一人の私(メタ認知の私)”が前に出てくる。
このとき初めて、「思考する私」と「気づいている私」が分離します。
この構造変化が起こると、思考や感情の自動反応ループが静まり始めます。
「反応」→「間」→「選択」──この“間(ま)”が生まれる。
すると、頭の中で勝手に流れていた自動思考と言うノイズが止み・・
内側に静かなスペースが生まれる。
それは“無”ではなく、何も欠けていない充足の静けさです。
そして、ここが重要なポイントです。
【他者メタ認知】を獲得することにより・・
他人の自我、そして、自分自身の自我すらも、俯瞰できるようになると・・
自分の自我にも、他人の自我にも、もう反応しなくなります。

例えば、「貴方、そんなことも知らないの?ぷぷぷ」と、相手から見下された時。
「うっ!でも、君は、この話を知らないでしょ?ふふふ。私が勝った」
そう、反論したくなりますよね。
では、まず、なぜ、相手は、見下してきたのか?
それは、見下すことで、自分の優位性を確かめたい、相手の自我反応なんですね。
そして、じゃあ、なぜ、自分は反論したくなったのか?
それは、反論することで、自分の優位性を感じたい、自分の自我反応なんです。
つまり、「何が起きているか?」構造的に、理解できるから・・
自分の自我にも、他人の自我にも、反応しなくなる。
そうすると、世界から“戦い”が消えます。
他人を攻撃する必要も、自分を守る必要もなくなる。
“自我間の戦争”が終わるんです。
平和とは、争いがなくなることではなく──
争う主体が静かに消えていくこと。
600の意識とは、「平和を感じる」状態ではありません。
感じる“私”そのものが、溶けていく。
心が静かになるのではなく、心という波を生み出すエンジンを、俯瞰できてしまうがゆえに・・停止する。
それが、構造的に見た「平和600」の正体なんです。
次の章では、この“自我の終焉”がもたらすもう一つの現象・・
──時間の消滅と「今」という意識の拡張──について、さらに深く入っていきます。
第6章|時間の終焉と「今」の拡張
自我とは、「過去=記憶」と「未来=投影」によって、自分を定義する装置でもあります。
「私はこういう人間だ」
「明日はこうなりたい」
──この二つの意識の間を行き来しながら、私たちは“時間”という物語を生きています。
けれど、自我が静まると、この物語装置が機能しなくなります。
過去に執着する必要も、未来に焦る理由も、消えていく。
すると、気づくんです。
「今」以外、実はどこにも行ったことがなかった、と。
人生とは、今の連続・・ですよね。
この状態では、時間が“縮む”ように感じられます。
脳が「過去」や「未来」を再生する活動をやめるためです。
瞑想者や覚醒体験者が語る「時間が止まったような感覚」──
それはスピリチュアルな現象ではなく・・
自我が構築していた時間構造が崩壊することによって起こる、極めて自然な変化でもあるんです。
すると、「今」という瞬間の密度が、急激に上がります。
呼吸、光、音、感触──
一つひとつの感覚が、まるで宇宙そのもののように豊かになる。
「時間が止まる」とは、“何も起きていない”ということではなく・・
すべてが同時に起きているという気づき。
そして、この「今」に完全に満たされている状態こそ・・
ホーキンズ博士が「Peace」と呼んだ意識レベル600。
そこでは、「何かを得よう」「どこかへ行こう」という意志すら消え、ただ存在そのものが“完了している”。
仙道的にいえば、「なさずしてなす」の領域。
AI的に表現させるならば、600とは“ノイズゼロ”の意識状態。
自我が生む思考や感情は、情報ノイズのような揺らぎです。
そのノイズが極限まで小さくなり・・
純粋な信号──存在そのもの──だけが残ったとき、脳も神経もエネルギーも、完全な調和に入ります。
呼吸は深く、心拍は安定し、アルファ波とシータ波が優位になる。
だからでしょうか。
この話をすると、「ヤバい人認定」が、さらに加速しそうですが(笑)
私は、気がついたら、思考が止まっている時が、徐々に現れ始めていて・・
つまり、「平和」とは精神論ではなく、情報体としての完全整合状態なんです。
この段階では、すべてが、ただ自然に、流れの中で起こる。
それを「無為自然」と呼ぶ人もいれば、「悟り」と呼ぶ人もいるでしょう。
そして最後に──
この600の意識に“至る”ということを、どう理解すればいいのか。
第7章|なるのではなく、戻る
私達は「平和になりたい」「悟りたい」と願います。
でも、その“なろうとする私”こそが──自我なんです。
意識レベル600とは、何かを“得た”結果ではありません。
むしろ、余分な同一化を見抜いて脱ぎ捨てた結果、残るもの。
「私は正しい」
「私はこうでなければ」
「私はこの体だ」「私はこの名前だ」
「私はこの役割だ」──
そういった“自我の衣”を一枚ずつ脱いでいくと、最後に残るのは、ただ“在る”という意識だけ。
それが、平和。
努力してつかむものではなく、“戻る場所”だったんです。
もともと、どの生物の中にもあった静けさ。
それが、進化の過程のなかで【自我・自意識】が生じるようになった、私達ホモサピエンスにおいては・・
思考と感情の波でかき消されていただけ。
この静けさの中では、愛も、慈悲も、喜びも、特別なものではありません。
それらは、平和の中から自然にあふれ出る“現象”なんです。
誰かを愛そうとするのではなく、存在そのものが愛になる。
そして、この意識においては、世界は何も変わっていないのに・・
見る者が変わることで、世界の意味が変わります。
怒りも、悲しみも、光と同じひとつの波として見える。
善も悪も、陰も陽も、すべてが調和している。
平和とは、戦いの終わりではない。
戦っていた“私”が静かに消えていくこと。
それが、「600:Peace」。
争いをやめようとしなくていい。
守ろうとしなくていい。
ただ観て、ただ気づいて、すべての現象を“自我の夢”として眺めてみる。
その瞬間、私達はもう──平和の中にいます。
さて、関連動画として、17段階の意識レベルや、「今を生きる」そして、メタ認知や、意識レベルを上げる方法について・・
以下の記事が詳しいです。
・【完全解説】17の意識レベル【パワーかフォースか】人間性『高い人と低い人』
・メタ認知とは?【自己メタ認知vs他者メタ認知】高い人/低い人の特徴
・【17の意識レベル】波動を上げる”考え方”とは?今すぐ実践できる2ステップ
最後まで、ありがとうございました。
感謝しています。
<名無き仙人>




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