悩みは脳と文明の副作用だった|主体・悟り・非二元の構造をやさしく解説
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アマゾンの先住民が悩まない理由を知ると、あなたの悩みも薄れていきます。
さて、なぜ、アマゾンの先住民は、悩まないのか?
この話は、私達のストレスの正体に繋がるばかりか・・
「なぜ、【悟り】という概念が、数千年前から始まっているのか?」
『悟り』や『自我』にまで、広がっていきます。
今日は──“人類史 × 自我 × 非二元”の話をします。
ただ、安心してください。
あなたの直感的理解に寄り添いながら話すので、難しい専門知識は必要ありません。

こんにちは。名無き仙人です。
名無き仙人【プロフィール】
【幸せな生き方】ブログ2010年から続いています。感謝。
では、始めましょう。
■第1章|なぜアマゾンの人は悩まないのか?

突然ですが、アマゾンの部族の人たちは、都市で暮らす私たちのような「悩み方」をほとんどしません。
アマゾンの森を歩く部族の人を想像してください
もちろん、彼らにも不安や恐怖はあります。
食べ物の確保、森の危険、仲間の病気──その場その場の“身体的な苦しみ”はある。
でも、私たちが日々苦しんでいるような・・
注意ポイント
「頭の中の自己否定」「承認不安」「比較」「孤独」人間関係のモヤモヤ
「どう見られるか」「うまくできるか」「未来は、どうなるんだろう…」
こうした “自我の苦しみ” が、ほとんど存在しないんです。
あなたも経験ありませんか?
寝る前に“同じ悩み”が何度も頭の中でループする感じ。
実際、文化心理学や人類学の研究では──
「反すう思考の量は、環境ストレスと人間関係の複雑さに比例する」と報告されています。
つまり、部族社会ではそもそも“悩みが増殖しにくい”構造なんですね。
なぜか?
理由はただひとつ。
「主体(=自我)が薄いから」。
なお、ここでいう自我とは「私」という主体感覚のことですね。
貴方も日々「私は」「私が」と、私という感覚を感じながら、生きていますよね。
この「私」という主体感覚、実は、【強い・薄い】が、あるわけですね。
■第2章|主体が薄い社会は、そもそも苦しまない
アマゾンでは、自分という感覚が都市よりずっと薄い。
ポイント
巨大なコミュニティがない、SNSもない、比較がない、社会的役割の入れ替わりが少ない
共同体の人数が50〜150人で固定、誰が何者か、ずっと変わらない、承認市場が存在しない
「正しさの争い」が激化しない
つまり、“自我を肥大させる環境要因”が、ほぼゼロ。
だから、彼らは悩まない。
もっと正確に言うと──悩みが“自動増殖しない”。
私たちがやるような“頭の中のループ”が起きない。
脳内で「物語を作って自分を苦しめる」という行為が、構造的に発生しないのです。
例えば・・
「あの人の態度…きっと私を嫌ってる」
「もし失敗したら、私は、終わりだ」
「私は嫌われたかもしれない」
これらは現実ではなく、“脳が勝手に流す未来予測ドラマ”です。
そしてそのドラマに主体が巻き込まれることで、苦しみが生まれているんです。
■第3章|人類はいつから「苦しみ」を抱えるようになったのか?
では、なぜ都市の人間だけが、こんなにも苦しむのでしょうか?
それは──
農耕革命(約6000〜1万年前)を境に、人類の自我が肥大化し始めたからです。
農耕が始まり、村ができ、人の数が爆発的に増えました。すると・・
ポイント
定住、村、村八分、階級、財産、所有、比較、優劣、監視、役割固定、競争、税
こうした“社会の複雑さ”が激増した。
すると、人間は初めて「自我」という重たい装置に振り回され始める。
部族社会では必要なかった・・
“私がどう思われるか”“私が正しいのか”“私が負けているのか”
そうした悩みが、初めて歴史に登場した。
特に、比較は、自我を一瞬で肥大化させる最強のスイッチです。
農耕以降、人類はこのスイッチを“切れない世界”に入ってしまった。
そして──自我の暴走が始まる。
■第4章|ブッダはこの“文明の副作用”を見抜いた人

ここで登場するのが、ブッダです。
ブッダが言った「苦しみの原因は執着である」という言葉。
この“執着”とは「自分という主体(=物語)への執着」のことです。
つまりブッダは2000年以上前に、こう言っていたのです。
苦しみの原因は「主体そのもの」だ。主体が無ければ、人は苦しまない。
これは、農耕文明によって肥大化した自我への解決策でした。
都市文明が生まれ、自我の暴走が始まったその時代に──
ブッダは、初めて「自我の分解方法」を体系化した人物だったわけですね。
そう、ブッダは「心を鍛える方法」を説いたのではありません。
“主体そのものを静かに消していく方法”を説いたんです。
■第5章|非二元は“悟り”ではなく文明病の解毒剤だった
現代では「悟り」と聞くと、特別な spiritual な話に思えるかもしれません。
しかし構造的には違うのかもしれない。
非二元は──都市文明が作りだした“自我の副作用”を解除するための心理技術 なのかもしれない。
部族社会には不要だった。自我が薄い世界には必要ない技術。
必要になったのは──
文明が複雑になりすぎて、人間の主体が肥大しすぎた時代だけ。
部族の脳は “今ここ” に集中するよう設計されています。
一方、都市の脳は24時間 “自己の物語” を動かし続けるよう設計されている。
つまり現代こそ、非二元が最も必要とされる時代。
■第6章|なぜ現代人だけがこんなに苦しいのか?
答えはシンプルです。
**“主体”が過剰に刺激され、24時間アクティブになっているから。**
例えば、スマホを開くたびに、私たちの主体は刺激され続けています。
注意ポイント
SNS、比較、評価、コメント、刺激、怒り、役割の流動性、巨大コミュニティ
孤独、不安社会、情報過多
この環境は、部族社会とは真逆。
部族の人は“主体が薄い”という自然な状態で生きている。
しかし都市の私たちは“主体が過剰アクティブ”という不自然な状態で生きている。
だから苦しい。
私達が苦しいのは、私達が弱いからではない。
文明構造がそういう“脳の使い方”を強制しているだけ。
本来の私達が欠陥なのではない。
文明が複雑すぎるのです。
では、最後に。
■ 第7章:悩みを軽くする“主体を軽くするワーク”
・「なんで私ばっかり…」が止まらないあなたへ。不満の正体と心が軽くなる視点
ここまでお話ししたように、悩みの正体は「自我の肥大」と「物語の暴走」です。
「私が私が、私は私は・・」苦しんでいるのは「私」という主体ですよね。
つまり、主体を少し“静かにする”だけで、驚くほど苦しみが減ります。
今日は、そのための簡単なワークを1つ紹介します。
たった数秒で“主体の重さ”を下げる技術。
■“第三者の視点”に1秒だけ立つ
・メタ認知【完全版】本能に振り回されない生き方|“2人の私”を使う観察者術
やり方としては、悩んでいる自分を、外側から眺めるだけ。
「いま、悩んでる私がいるな」
これだけで、十分です。
例えば、イライラしている時なら・・
「あ、今、私、イライラしてるな」
そう、自分を客観的に見るだけでいい。
【なぜ効果がある?】
主体は“自分が主役”である時に、最も暴走し、苦しみます。
でも、第三者視点に立つと、“主役が薄まり、苦しみが軽くなる”んです。
ほんの一瞬でいい。
心理学『メタ認知』により、自分を自分で観察できた瞬間、物語の暴走が止まります。
ちなみに、余談ですが。
こういった『自我を俯瞰する【自我メタ認知】』は、文明以降に、必要になったメタ認知。
文明以前の生活では、森など自然をメタ認知する「環境メタ認知」が発達していました。
■第7章|結論:悩みは人類史の産物であり、あなたのせいではない
今日の話をまとめると──
ポイント
部族社会は主体が薄いので苦しみが小さい
農耕文明以降、自我が肥大し苦しみが生まれた
ブッダは“文明病としての自我”を見抜いた人
非二元は悟りではなく“文明の副作用”の解毒剤
現代人が苦しいのは主体が過剰アクティブだから
あなたが苦しいのはあなたのせいではない
これが今日の結論です。
文明は複雑になりすぎました。
だからこそ、私たちは“主体を軽くする知性”を学び始めているのかもしれません。
なお、【悟り】や『メタ認知』について、より詳しく解説した記事がこちらです。
・悟り体験【人生も現実も幻想?】“私(自我)”も錯覚だったと気づいた日
・メタ認知とは?【自己メタ認知vs他者メタ認知】高い人/低い人の特徴
是非、チェックしてみてください。
さて、最後まで、ありがとうございました。感謝しています。
<名無き仙人>




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