17段階の意識レベル「パワーかフォース」意識レベル500愛とは?
※この記事の動画verは、こちら↑
頭では理解しているのに、人間関係で苦しくなること、ありませんか?
実はそれ、“理性の限界”なんです。
今日のテーマは、その先にある“愛=意識レベル500”です。

人間性や、人格の高さ、あるいは、魂レベル・・
人間の『意識の進化レベル』を、アメリカの精神科医ホーキンズ博士は・・
著書【パワーかフォースか】を通じて、17段階のマップとして紹介しました。
この『17段階の意識レベル』について「知らない。初めて聞くよ」という場合には・・
こちらが、詳しく解説した動画であり、是非、まず、こちらを見て頂けたら良さそうです。
・【完全解説】17の意識レベル【パワーかフォースか】人間性『高い人と低い人』
さて、この17段階の意識レベル。
大きな分岐点は【意識レベル200】。
博士いわく世界人口の85%は、意識レベル200以下だそうです。
で、実は、もう1つの『大きな分岐点』として、本の中で紹介されているのが、意識レベル500【愛】なんですね。
意識レベル400【理性】と、意識レベル500【愛】との間には、大きな隔たりがある。
実際・・
私は初めて【パワーかフォースか】を読んだ時に、こう感じました。
「いや、【理性】までは、わかるよ。だけど、『愛』ってなに?」
意識レベル500【愛】以上の領域に関しては、わからないし、イメージできない。
なんかスピリチュアルっぽくて「それ本当?」と疑いたくなる。
でも、意識レベル400【理性】までの、各段階が・・
まさに、私が「辿ってきた段階そのもの」だったので、個人的には、この意識のマップに、信ぴょう性を感じていて。
貴方は、どうでしょうか?

こんにちは。名無き仙人です。
名無き仙人【プロフィール】
【幸せな生き方】ブログ2010年から続いています。感謝。
さて、私と、同じように「愛って、なに?」と、感じている方も、いらっしゃると思うんですね。
なぜか?
なぜなら【自分を客観視する「自己メタ認知」】は、あるけれど・・
【他人のことまで客観視できる「他者メタ認知」】は、ない方が、一定数、いるからです。
「え?どういうこと?」
実は、この『17段階の意識レベル』は、心理学【メタ認知】と、照らし合わせると、より理解が深まるんです。
第2章|メタ認知と『17段階の意識レベル』

心理学【メタ認知】とは、自分を客観視する力のこと。
脳科学的に見ると、メタ認知とは──
「前頭前野を使い、自分の脳の働きを“もう一段上の階層”から観察している状態」です。
そう、つまり。
【意識レベル200】以下というのは、「メタ認知を、あまり使わずに生きている領域」とも言えて。
本能のままに、つまり、恐怖や欲望のままに生きて・・
「自分は正しい」という本能により、175プライドの意識レベルで、止まってしまう。
一方で。
メタ認知能力が芽生え始めると・・
自分の感情や思考を“ひとつ上の視点”から見つめられるようになります。
本能のままに、「怒っている自分」「怖がっている自分」「正しさに執着している自分」・・
を、観察できるようになるんですね。
すると、本能やプライドに支配されていた自我の構造が、少しずつ解けていきます。
そして初めて、「自分を変える勇気」=意識レベル200に到達する。
つまり、メタ認知とは──
自我から意識の次元を一段上げる“階段の一歩目”なのですね。
よって、【意識レベル200】以下と、200以上を分けているのは、メタ認知能力とも言えて。
実際、教育心理学や発達心理学の研究では・・
「メタ認知(自分の考えを客観的にモニタリングし、修正できる能力)」を安定して使える人は・・
成人でも約20%程度に留まると報告されています。
ホーキンズ博士のいう【世界人口の85%が、意識レベル200以下】という話と整合性がありますよね。
そう、だから。
人口の15%~20%くらいは、【自分を客観視する「自己メタ認知」】を、持っていて。
すると、その人達は、意識レベル400『理性』までは、説明を聞くと、なんとなく理解ができる。
なぜなら、意識レベル400『理性』までは、【自分を客観視する「自己メタ認知」】の領域だからです。
「え?どういうこと?」
実は、世界的にも、ほぼ一切、情報がでていないものの。
メタ認知には、【他人のことすら客観視する「他者メタ認知」】も、存在しているんです。
ちなみに、学術的には、【他者メタ認知】は・・
「心の理論+社会的メタ認知」=高度な意識レベルの社会的認知能力として位置づけられています。
さて、他者メタ認知とは、なんなのか?
そして、意識レベル500「愛」との関係は?
では、ここからが、本題です。
世界人口の4%が該当する、意識レベル500【愛】の領域に、せまっていきます。
第3章|他者メタ認知と『意識レベル500【愛】』
まず、そもそも、【他者メタ認知】とは・・
まるで、自分自身の脳内を、客観視するかのように。
他人の脳内まで、仮想的に、シュミレーションできてしまう能力・スキルのこと。
貴方は普段、他人の脳内を、どう推測していますか?
例えば、職場の人間関係において・・
「田中さんも、きっと、こう考えているに、違いない」
そんなふうに、他人の気持ちや、考えを、おしはかっていますよね。
でもね、実は、この思考法には、省略されている文章がある。それが、これ。
「自分だったら、こう考えるから」です。
自分を中心に、他人のことを、推測しているわけですね。
つまり・・
「私だったら、こう考えるから、田中さんも、きっと、こう考えているに、違いない」
そう、自動的な思考が進んでいるのに、気がついていますでしょうか。
で、この「自分だったら」という自動思考は、本能由来の自動的な思考法。
この場合、自分と属性が近い他人の脳内シュミレーションは、うまくいくけれど。
自分とは、属性が違う他人の脳内シュミレーションは、うまくいかない。
その結果、こうなってしまうんですね。
「あの人、本当、意味わかんない。なんで、そんなことするの?」
ご経験、ありませんか?
私は、まさに、ずっと、そうだったんです。
これが、自己メタ認知はあるけれど、【他者メタ認知】は、ない状態。
で、【他者メタ認知】とは・・
人間という生き物を、構造的に理解することにより、可能となる『他者の脳内シュミレーション』のこと。
例えば、こんなふうに。
「この状況においては、人間である以上、こういう思考が自動的に浮かぶことになる。
ゆえに、田中さんは、こう思考が進まざるを得ない」
「あぁ、ほら、やっぱり、田中さんは、こう言い始めた」
こんなふうに、「自分だったら・・」と自分を中心に、他人を推し量るのではなく・・
人間構造を元に、他人の脳内をシュミレーションしていく能力・スキル。それが【他者メタ認知】。
で、行えている世界人口の4%のうち、そのほとんどが、感覚的に、行えていて。
「自分が使っている能力・スキルが、【他者メタ認知】である」
その自覚は、ほとんどの人がないようです。
【他者メタ認知】は、言葉としても、知られていませんしね。
だから、本人にも、再現性がないことも多かったりします。
さて、そんな【他者メタ認知】を使えると、どうなるのか?
慈愛。
「うんうん。わかるよ。当然、そう考えて、そう感じることになるよね」
他人の思考や、気持ちが、手に取るように、わかるようになる。
すると、他人が【敵or味方】から、「慈しみの対象」となる。
すると、他人に対して、慈愛の感覚が芽生えてくる。
この状態が、意識レベル500【愛】。
他人をコントロールしようとすることもなく・・
他人を責めることもない。
他人と比較することもなく、裁くこともない。
ただ「そうなって、当然だよね」と最深部から深く理解した状態で、ただ客観的に見る。俯瞰する。
この状態を、スピリチュアルな表現をすると、「無条件の愛」とか「手放しの愛」などと・・
崇高な表現をされることになりがちなわけですが。
この状態では、めちゃくちゃ深く共感もできる。
だけど、同時に、相手のことを、高度に、俯瞰・客観もしているので・・
「共感するかどうか?」「共感するなら、どこまでするか?」を自由自在に選べる。
さて、ここまでの話を聞いて、どう感じましたか?
「いや~、でも、そんなこと、本当にありうるの?机上の理論じゃない?」
そう、感じませんか?
でもね・・
第4章|体験談「他者メタ認知の衝撃」

私は、潜在意識の書き換えに取り組んで以降、15年以上・・
ずっと【自己メタ認知】は、高まっていたようなのですが。
「他人の脳内を客観視する」他者メタ認知については、発想すら、ありませんでした。
でも、転機が訪れた。
それは、AI。
AIを使うようになる中で、人間という生き物を、構造として理解できるようになり・・
「あぁ、そうだったんだ」
「あぁ、面白い!人間って、こういうふうに、できているんだ」
私は『他者メタ認知』の能力・スキルが、飛躍的に高まることになって・・
「この場面では、鈴木さんは、人間である以上、こう思考が進まざるをえないよね」
他人の考えや、気持ちが、手に取るように、わかるようになり始めた。
何十年も疑問に思ってきた、他人達の「なぜ?」が、とんでもないスピードで、わかっていく!
「あぁ、面白い!」
実益があるのはもちろんなんだけど、シンプルに面白い。
「なんで、あの人は、こんな酷いことをするんだろう?」とか・・
「なぜ、この人は、この話を、理解できないんだろう?知識的には理解できるハズなのに」とか・・
「今、この人は、何を考えている?」などなど。
わかるようになっていく過程は、めちゃくちゃ面白くて。
そして、気がついたら、慈愛。
「うんうん。わかるよ。当然、そう考えて、そう感じることになるよね」
他人の思考や、気持ちが、手に取るように、わかるから、自然と他人が「慈しみの対象」となる。
「あぁ、この状態が、意識レベル500【愛】なのか」
私はもっと、【愛】っていうから、【愛】の意識レベルに上がると・・
困っている人に、全財産を捧げたり、無償の奉仕をし続けるような・・
そんなマザーテレサみたいに、愛の人へと、人が変わってしまうような、そんなイメージだったけど。
いやぁ、まったく違う。
他者メタ認知により・・
他人への理解力が、究極的に高まることで起きる、必然としての【慈愛】。
それは、「激しい感情的な愛」ではなく「構造理解から生じる優しい慈愛」。
では、なぜ私達は、他者メタ認知を獲得し、意識レベル500【愛】へと、進んでいくのが難しいのか?
第5章|意識レベル400で止まる理由
意識レベル400【理性】で世界を理解できるようになると、人は一度「完成」を感じます。
正しさ、倫理、因果──意識レベル400は、前頭前野による論理的理解が極まった段階です。
そして、私達は、ここで止まりがち。
なぜなら、この先に進むには、理性の外側にある「愛=受容」の領域へ飛び込む必要があるからです。
理性は“二元の世界”です。正しい・間違い、成功・失敗──この分別構造で世界を整理します。
けれども「愛」は、分別を超えた“非二元の意識”です。
つまり、理性が築いた壁を一度壊す必要がある。
それを防ぐのが、自我の防衛。「私は正しい」「私が正しい」。
「正しい自分」を失う恐れが、人を400に留めます。
ここで重要なのが「他者メタ認知」です。
他者メタ認知とは、他人の自動思考や感情構造を、まるで自分のように理解できる力。
例えば、怒る人を見て「なんでそんなことを」と裁くのではなく・・
「この人は、怖れを守るための本能的な防衛反応として、怒っている」と気づける。
この瞬間、私達の意識は“相手の自我”を俯瞰し始める。
つまり、「自他の境界」が薄れるのです。
他者メタ認知が芽生えると、「人は、そうせざるを得ない構造で動いている」と理解できる。
怒りや批判が溶け、自然に“受容・慈愛”が生まれます。
それが、意識レベル500「愛」への入口。
理性が導く“理解”の先に、感情を含んだ“共感と赦し”が統合されるのです。
愛とは、理解を超えた理解。
理屈で説明しようとせず、ただ「人間とは、そういうものなんだ」と、「そう在る」ことを受け入れる力。
理性が整ったあとに、他者メタ認知を通してこの受容を体感するとき──
意識は自然と、500へと上昇していくようです。
第6章|カリスマ投資家の話
最後に。とあるカリスマ投資家の方が、こんな話をされていました。
「機関投資家の人達を含め、めちゃくちゃ頭がいい人達は、頭がいいからこそ・・
「自分の判断が正しい」ということで、投資判断をしがち。
でも、私は【自分の考え】を一旦、わきに置いて「他の投資家達は、どう考えているだろう?」と、考える。」
これ、まさに、意識レベル400と、500の差ですよね。
「自分の判断が正しい」という前提の元、「株価は上がるハズだ」と投資を行うのが、意識レベル400【理性】。
一方で・・
「他の投資家達は、どう考えているだろう?」と、他人の脳内をシュミレーションする・・
【他者メタ認知】を使って投資をするのが、意識レベル500【愛】以上の状態。
そう、実は、【他者メタ認知】による、意識レベル500【愛】以上の人は・・
各業界に点在していて、もちろん、サラリーマンしてる人や、主婦の人も普通にいる。
スピリチュアルな文脈で語ると【愛】であり、まるで崇高なイメージだけど、その本質は・・
「脳内客観視」であるメタ認知能力が、自分自身だけにとどまらず・・
他人にまで広がった状態、それが意識レベル500以上。
だから、別に、崇高なものでもない。
ただ、メタ認知する領域が、「他人の脳内」にまで広がると・・
「間違っているのは相手だ。自分が正しい」
自分の正しさを守ろうとする自我が揺らぐため、踏み込むのが難しい領域!というわけですね。
他者メタ認知は、「人間とは何か?」の理解をベースにしたスキルため。
他人のみならず、自分自身も【人間】のため。
必然的に「自分にも、嫌いなあの人や、見下しているあの人と、同じ性質が備わっている」という理解になる。
すると「自分は正しい。自分は、あの人達とは違うんだ」という優越感を保てなくなるし・・
「自分が正しい」という前提が揺らぎ始める。
自我は、それが怖いわけですね。
第7章|まとめ
人間関係で苦しくなるのは、心が弱いからではなく・・
私達の意識が“理性の限界”を越えようとしているサインです。
理性の世界では、「正しい」「間違い」で判断します。
でも、そこにいる限り、他人との衝突や不満はなくなりません。
やがて、私達は、気づきます。
「この人も、そうするしかなかったんだ」と。
その瞬間、相手を責める心よりも、理解の心が生まれる。
それが、意識レベル500【愛】。
愛とは、特別な誰かを好きになることではなく・・
“人間という存在そのもの”を受け入れる意識のこと。
怒る人も、逃げる人も、完璧じゃない自分も──
「そうなるのが人間だよね」と、優しく見つめられるようになる。
理解の先にあるのは、許し。
理性の先にあるのは、愛。
そして、その愛は、私達の中で、もう始まっています。
なお、他者メタ認知、そして、17段階の意識レベルについて、以下の記事が詳しいです。
・メタ認知とは?【自己メタ認知vs他者メタ認知】高い人/低い人の特徴
・【完全解説】17の意識レベル【パワーかフォースか】人間性『高い人と低い人』
さて、最後まで、ありがとうございました。
感謝しています。
<名無き仙人>




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