「私って何?」その正体は“脳の仮想装置”だった|自我・メタ認知・無我の構造図解
※この記事の動画verは、こちら↑
唐突ですが・・貴方も日々「私」という感覚を感じながら、生きていますよね?
じゃあ、その「私」という主体感覚の正体って、なに?
それが【自我】。
つまり、この動画により、貴方が、この人生で感じ続けてきた「私」という感覚の正体が、わかります。
しかも、明確に。科学的に。
「え?マジで?」
はい、マジです。だから、この動画、ヤバい動画なんですね。
なお、伝統的には、この自我が「仮構である」と見抜かれることを『悟り』や『非二元』と表現されてきました。
最後には、そんな話にまで展開していく興味深い話、是非、最後までお楽しみください。

こんにちは。名無き仙人です。
名無き仙人【プロフィール】
【幸せな生き方】ブログ2010年から続いています。感謝。
■第1章|自我とは何か?
「自我とは何か?」を理解するには、実は「現実とは何か?」を理解する必要があるんですね。
この「現実とは何か?」を、簡潔に解説しますが、ざっくり理解できればOKです。

現実には2種類あります。
①客観的な物理現実。
物理現実は、ただそこに存在する現象です。
② 主観現実(脳内の現実)
私たちが“現実”だと思っているのは、実は、この外側の物理現実そのものではありません。
目や耳から入った情報を、脳が“映像”や“音”としてつくりかえ・・
そこに「意味づけ」と「物語」をつけたもの。
その脳内の現実を、私達は日々、経験しているんですね。
そう、主観現実は、VRゴーグルで見る世界のようなものです。
外の現実そのものではなく、私達は、脳が作り出した映像を見ています。
●自我とは、この主観現実を成立させる「中心点」

ここで本題に戻ります。
自我である「私」とは──私達の“脳内の現実”を成立させるために、脳が「仮想的に生成している中心点」なんですね。
「え?それ本当?」
はい、そうです。
神経科学と認知科学では、“自我は脳が作る仮想的な構造である”ことが明確になっています。
これは現代科学の、ほぼ共通見解です。
つまり・・
外界からの情報や、内側で生じる感情や思考などの情報を、整理するために「私」という中心点を、脳が作っている。
それが、私達が日々、感じている「私」という感覚の正体であり、自我。
この中心点「私」が、あるから・・
「私が見ている」「私が感じている」「私が選んでいる」
こういう“私視点の世界”が成り立ちます。
いや~私も、最初に知った時には、驚いたのですが、驚きですよね。
■自我は「実体」ではなく“機能”
自我「私」という感覚は、固定的な実在ではなく──
脳が世界を処理するために生み出す“仮想装置(virtual node)” です。
●役割は一つ
刺激に対する本能反応を「私に起きたこと」と、ラベリングする中心点を作ること。
これにより世界はこう構造化されます。
「私が見る」「私が感じる」「私が考える」「私が選ぶ」
この“私”の中心をつくる処理こそが自我の正体。
では、ここからが、本題です。
■第2章|自我の3つのレイヤー
実は、自我といっても、ひとつではありません。
生まれたばかりの“低レベル自我”から・・
多くの人が「これが本当の私だ」と信じてしまう“高レベル自我”まで、段階的な構造になっています。
それでは、順番に見ていきましょう。
●レイヤー①|本能的自我
最初のレイヤーは、“生存のための自我”。
危険を避け、快・不快を判断し、反射的に反応する部分です。
「自分を守れ」「痛いのは嫌だ」「怖いものから逃げろ」
そんなシンプルな生命システム。
いわば、昆虫の脳や動物の脳に近い、もっとも原始的な自我です。
ここは、人間の中でもっとも深い層にあって・・
私たちが何かに怯えたり、イライラしたりする時、真っ先に作動している領域です。
日常では、こんなふうに、でてきます。
「あいつ嫌い」「これ、好き」「あれ、忘れられない!」
こんなふうに、即時反応をする「私」が、この『本能的な自我』です。
●レイヤー②|認知的自我(思考の“私”)
次のレイヤーは、思考によって作られた“私”です。
私たちが日々、頭の中でつくり続けるストーリー。
「私の人生」「私の価値観」「私はこうあるべき」
これらを組み立て、主観現実の骨格を作っているのが、この認知的自我です。
例えば・・
「この仕事は嫌」と『本能的な自我』が即時反応を示した後に・・
「この仕事は嫌・・だけど、私の将来のために、やらなきゃ」
そんなふうに、思考が進みませんか?
また、「この人、好き」と『本能的な自我』が即時反応を示した後に・・
「この人、好き。・・また今日、偶然会ったから、私の運命の人なのかも」
そんなふうに、頭の中で、思考による物語が、作られていっていますよね?
こうした“物語”を、脳内で作ることで、脳は「私とはこういう存在だ」と定義しています。
●レイヤー③|観察者としての自我(高レベル自我)

そして最後のレイヤー。
スピリチュアル業界にて“これこそ本当の自分だ”と勘違いしやすい部分です。
それが、観察者としての自我です。
自分の感情を俯瞰したり、思考を「眺める」ことができたり、心の反応に「気づく」ことができる。
いわゆる、メタ認知のレイヤーです。
「今、私イライラしてるな」
「この思考、なんか変だぞ」
「これは過去のパターンだ」
こうやって、一段上から自分を見ている主体感覚。
これは“本当の自分”だと感じられやすい。
その結果、私は「遂に悟りを開いた」っということで、こんなふうに、内心、思っていました。
「私は思考でも、感情でも、肉体でもない。私は、ただ、気づいている存在だ」
こういう話、貴方も、聞いたことがありませんか?
しかし――ここで大事なポイントがあります。
実は、この“観察している私”という感覚でさえ・・
脳が主観現実の中に作り出した仮想的な中心点、つまり、自我の最終形態なんです。
そのことは、「観察者を、観察する」メタメタ認知により、見えてきます。
ここを誤解しないことが、より深い意識の世界へ進む大きなカギになります。
さて、ここまでまとめると──
自我は「本能 → 思考 → 観察者」という三層構造になっている、ということです。
そして、私達は、この3つ全部が“私”だと、感じられることになります。
■第3章|私の体験談

私はずっと、【本能的自我】と【認知的自我】だけで生きていました。
だから、「あいつ嫌い」など反応がでる。
そして「あいつ嫌い・・でも、誰とでも、仲良くしなきゃ」などと、思考が進む。
私は反応 → 思考 → 苦しみ、というパターンを無意識に繰り返していました。
しかし、潜在意識の書き換えに取り組んだことがキッカケで、メタ認知が発達し・・
【本能的自我】と【認知的自我】が、私の脳内で、やっていることに、気がつけるようになっていきました。
例えば、こんなふうに。
「あ、今、私は「あいつ嫌い・・でも、誰とでも、仲良くしなきゃ」と、考えたよね?」
「え?ちょっと待って!【誰とでも仲良くすべき】って、思い込みじゃない?」
すると、『ただ反応するだけの人生』から『自分で選択できる人生』へと、変わり始めました。
そのうち、私は、こう思うようになっていきました。
「私は、思考でも、感情でも、肉体でもない。私は、ただ、気づいている存在だ」
そう、私は、“観察者の私”を【本当の私】だと思うようになっていったんです。
しかし、最近になって、さらに、転機が訪れたんですね。
「あ、今、メタ認知が起動したな」そう気づいた瞬間があって・・自分で驚愕しました。
「え?ちょっと待って!「【メタ認知が起動した】と気づいた」ということは、メタ認知を、メタ認知してるんじゃない?」
その問いは、難しすぎたのか?、20秒ほど、思考が停止。
それから私は「“観察者の私”って、なに?」と、観察し始め・・
最終的には、2000年以上前に、“観察者の私”すら、観察していた人物の見解へとたどり着くことになりました。
■第4章|ブッダが語った「無我」とは?

ブッダは2500年前から、こんなふうに言っています。
「肉体も、感情も、思考も、そして“気づいている私”でさえ、本当の自分ではない」
そう、ブッダは、「すべては移り変わり、固定した“私”という実体はどこにもない」と気づいたんです。
ブッダはこのことを“無我(むが)”と呼びました。
無我とは、「自分がいない」という恐ろしい話ではなく・・
“自分を苦しめる固い枠が最初からなかった” という、むしろ解放の気づきなんです。
「私はこうあるべき」「私は〇〇な人間だ」
そんな固定観念が緩んでいくと、心は驚くほど軽くなる。
実際、私も“観察者の私”すら観察した瞬間、ふっと力が抜けたように、心が静まりました。
もう、頑張って、観察者の私にて、一生懸命に、自分をコントロールしなくていい。
だって、「私」という主体感覚は、脳内で作られている構造にすぎないから。
固定的な実在としての「私」は、いなかった・・
ブッダは、その状態を「苦しみから自由になる道」として説いていたのです。
■ラストメッセージ
自我の正体を知ると、「自分はなぜこう反応するのか?」がクリアになります。
自我は“悪者”ではなくただのシステム。
その仕組みを理解すると、心は軽くなり、自分を責める必要がなくなり、他人にも振り回されなくなる。
そして静かに、“観察者すら自我だった”という世界が開いていきます。
なお、別角度から、「私とは何か」を解説した動画が、こちらです。
記事は、こちら→「私とは誰か?」──自我の正体と“気づいている意識”の真実とは?
さて、最後まで、ありがとうございました。感謝しています。
<名無き仙人>




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