エックハルト・トール本『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる』要約
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現存する、世界的に有名なスピリチュアルリーダーとして、真っ先に名前があがる・・
エックハルト・トールの代表作であり、世界的ベストセラーが、こちら。
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さて、この本、最大のポイントは、これなんですね。
思考は本当の自分ではない。
うん?どういうこと?
実は、今ここを、生きられないのも・・
もっと言うと、苦しみの多くは、思考との同一化に、あるんですね。

こう感じますよね。
「私が、考えている」
いや、これ普通だし、当たり前ですよね。
でも、トールは、こう言います。
思考は本当の自分ではない。
つまり、本当のあなたは、思考を観察している意識なんですね。
だから、本当はこう。
「思考が浮かんでいるのを、私は、見ている」
今日は、トールの本【さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる】を参考にしながら・・
『思考は、私ではない』そして【今ここ】これを、わかりやすく見ていきたいと思います。
「うわ、マジだ。思考は私では、ないのかも」
そんな衝撃体験を、記事内で、実際にして頂く章もあるので、是非、お楽しみください。

こんにちは。名無き仙人です。
名無き仙人【プロフィール】
【幸せな生き方】ブログ2010年から続いています。感謝。
それでは、まずは・・
1.要約『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる』
この本を一言で要約すると、
「人は、思考を自分自身だと思い込んでいることで苦しんでいる。だから、思考を観察し、『今、この瞬間』に意識を向けよう」という本です。
私たちは普段、「私が考えている」「私が悩んでいる」と思っています。

しかし、トールは、「その思考を見ている存在がいるなら、あなたは思考そのものではない」と言います。
例えば・・
「仕事が不安だ」「嫌われたかもしれない」「将来どうしよう」
そんな思考が浮かんだとします。
そのとき、「あ、今、不安な思考が浮かんでいるな」と気づくことができますよね。
つまり、思考と、それを観察している意識は別物なのです。
そして、人間の苦しみの多くは、この思考を「自分」だと信じ込み、過去を後悔したり、未来を心配したりすることで生まれます。
だから、思考を無理に消そうとするのではなく、「今、こんな思考が浮かんでいるな」と、ただ気づくだけでいい。
そうして、思考との間に少し距離が生まれると、人は「今、この瞬間」を生きられるようになり、本来の穏やかさや平安を取り戻していく。
これが、『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる』の最も重要なメッセージです。
<補足解説 メタ認知編>
さて、これらの話、ふんわりしたスピリチュアルの話でも、ないんですよね。
というのも、これは、心理学『メタ認知』の話だからです。

で、実際には、脳機能は、もっと複雑なのですが、説明のために解説すると・・
脳には、原始的な脳の部分と、進化の過程で発達した脳の部分があって。
こちらの図解で言うと、原始的な脳の部分が、本能的な自我ですね。
で、進化の過程で発達した脳の部分が、メタ認知です。
そして、衝撃的な話ですが・・
思考は、こちら本能的な自我が、自動で生成し続けているんですね。
なんのために?生き残るために。
ほら、例えば、猿など動物って、別に自由意志なんてないけど、判断や行動ができて・・
餌を食べ、寝床を確保し、繁殖して・・と、生きていますよね。
そう、つまり、生物って本来、本能の自動操縦により、生きられる仕様になっているんです。
自由意志なんて、なくても、本能のままに全自動で生きても、別に、生きられる仕組みになっている。
実はこれ、私達、人間も同じなんですね。
まあまあ、人間も生物なので、当然と言えば、当然ですよね。
だから、実は、思考や、感情、それに行動まで、本能的な自我が、自動で行ってくれている。
ゆえに。
今日も、あなたは、たくさん歩いて、たくさん考えましたよね。
でも、別に「まず、右足をあげて、ちょっと前に出して」などと、自由意志で考えずとも、歩いていましたよね。
自動で歩いていた。
思考も同じで「次に、この考えを浮かばせて」と意識せずとも、自動で、考えていましたよね。
そう、衝撃的な話ですが・・
実は、思考や、感情、行動など、本能的な自我が、自動で行っている。
こちら科学的にも、裏付けされ始めていますが、まあ、科学を持ち出さずとも、経験的・体験的に、わかりますよね。
「うん。確かに、自動で考えてたかも」「自動で歩いてたかも」
これが、トールのいう【思考は、本当の、あなたではない】なんですよね。
で、前述のとおり、「あ、今、明日の仕事について、考えていたな」
そんなふうに、思考に気づける時って、ありますよね。
これ、どういうことか?
もし、『私』が1人しかいなくて・・
『私が考えている』場合、気づきようがないですよね。
・【衝撃】私は2人いる|自動思考の私と観察者の私―人生の主導権を取り戻す方法
『考えている私』を、別のところから、観察している『もう1人の私』が、いるから・・
『思考』を、別のところから、客観的に見ている『私』が、いるから・・
「あ、今、明日の仕事について、考えていたな」
そう、気づけるわけですよね。
つまり、脳の中には、『私』が2人、いるんですね。
そう、私達の脳内には『私』という感覚を伴う部分が、2か所ある。
1つは、原始的な脳の部分・・本能的な自我の『私』。
もう1つは、進化の過程で発達した脳の部分・・メタ認知の『私』。
だからこそ。
メタ認知能力が、未発達の場合は、本能的な自我が、『私』として感じられる。
この場合。
本能的な自我が、自動で、作り続けている思考が、「私が考えた」と感じれる。
一方で。
メタ認知能力が高まると、メタ認知の部分で『私』と感じられるようになるから・・
本能的な自我が、自動で、作り続けている思考と、『私』が、切り離される。

これが、思考との脱同一化。
「思考が浮かんでいるのを、私は、見ている」
「本能的な自我が、自動生成し続けている思考を、私は、見ている」

これが、メタ認知階層4【本能的な自我メタ認知】の段階であり・・
スピリチュアルで言う観察者意識。
思考は、私ではない。
私は別に、考えていない。
思考は、本能的な自我が、自動で、作り続けているものにすぎない。
私は、それら浮かんでは消えていく思考を、ただ、観察しているだけ。
そう、その意味では・・
トールのこちらの本は、メタ認知階層4【本能的な自我メタ認知】以上へと、誘う本なんですよね。
これ、かなり高度なメタ認知の段階であり、だから一般的には理解されがたい本とも言えるかもしれない。
それでも、まだ、この記事を、ここまで見てくださっている上級者のあなた様に向けて・・
2.『思考は、私ではない』具体例
あなたに、実際に起きた話として、聞いてみてくださいね。
例えば、友達との待ち合わせ場所に向かう途中、なんと、最悪なことに、電車が運休していました。
「マジかよ。最悪」
仕方ないので、携帯で、友達に連絡しようとしたら・・
「え?ちょっと待って。え?なんで?」
なんと、携帯の電源が入らない。
「え?壊れた?え・・なんで今?最悪すぎでしょ?」
「うわ~ヤバ!友達が心配するじゃん。どうすればいいの?」
パニックになって「え?え?え?」うわぁぁぁぁぁぁぁ
「タクシーでいく?いや、でも混んでたらタクシーでも間に合わない」
「他の路線ってあったっけ?」
「いや、最寄りの携帯ショップに行き、携帯を修理して直す方がいい?」
「うわー、もう、どちらにしろ、最悪すぎる。どうすればいいの?」
「あ、そうだ!とりあえず公衆電話から電話したら?あ、いや、友達の電話番号がわからない・・」
こんなふうに、なりますよね。
で、この最中、ずっと「私が考えている」と、感じられますよね。
でも、これ衝撃的な話ですが、これらの思考、あなたが考えているわけでは、ないんですね。
だって、ほら「よし、次に「公衆電話から電話したら?」と、考えよう」なんて、意識的に、考えているわけではないですよね。
そんなふうに、意識していないのに、自由意志を、使っていないのに・・
「あ、そうだ!とりあえず公衆電話から電話したら?」
自動で、勝手に、思考が浮かんでいる。
そう、実は、私達は普段、こんなふうに、全自動で、思考が自動で行われている。
思考は、本能的な自我により、自動で、行われ続けているからです。
明日、1日、よーく、自分の脳内を、観察してみてください。
すると、「よし、次に、これについて考えよう」なんて、意識していないのに・・
あら不思議。自動で、勝手に、思考が浮かんでいるハズです。
そう、思考は、私では、ない。
私は、それら、勝手に自動で、浮かんでくる思考を、ただ、観察している意識。
というのも・・
3.「思考が浮かんでいるのを、私は、見ている」実話の具体例
これ、つい先日の話です。
外出先で、車に乗って、「さあ、家に戻ろう」と思ったら・・「あれ?え?うそ!」
故障のようで、車が動かない。
「マジかよ。最悪すぎる」瞬時に、2年前の記憶がよみがえってきました。
そう、2年前も、故障で車が動かなくなり、レッカー移動となったんです。
「うわ~やば、もしかして、また?」
「古い車に乗っている私が悪いけど、それでも、故障、多すぎない?」
「最悪・・はぁ、どうしよう?どこに連絡すれば?」
パニックになっていたその時・・はっ!としたんですね。
というのも、メタ認知が起動したからです。
「すごいな。パニックになって、次々と、思考が浮かんでくるな」
こんな時に、思考を観察している場合じゃないだろ!って感じですが・・
「思考が浮かんでくるのを、私は、見ている」

私の中には、2人の私が同居する状態となりました。
本能的な自我の『私』は、一生懸命に、頭をフル回転させて、思考し続けている。
「レッカーに電話?いや、まず、保険会社だ」
で、そんな、本能的な自我が、生み出し続けている思考を・・
メタ認知の『私』は、興味深く、観察している。
「お、面白いな。パニックになった時の、本能的な自我は、どんな思考を作り出す?」
「次は、どんな思考が浮かんでくる?」
まるで、研究対象を観察しているかのように、思考を観察している『私』もいて・・
すると、どうなる?
当然ですが、パニックがおさまってしまったんですよね。
だって、思考を観察しているメタ認知の『私』は、別に、まったくもって、パニくっていない。
パニックになって、焦って高速で、考え続けているのは、本能的な自我にすぎない。
私は別に、焦っていない。
私はただ、慌て動揺している、本能的な自我を、興味深く観察しているだけ。
すると「まあ、今回の件の着地は、この辺だろうな」
今回の問題が、どう片付くか・・そんなことを、淡々と考える冷静な状態になってしまいました。
そう、これが、メタ認知階層4【本能的な自我メタ認知】の状態であり・・
「思考は、私ではない」の意味です。
でね、さらにメタ認知能力が高まり、メタ認知階層5【メタメタ認知】に進んでいくなかで・・
4.「今ここ」とは?トール編
では、トールが言う「今ここ」とは、何なのでしょうか?
私達は普段、今を生きているようで、実際には、ほとんど今を生きていません。

体は今ここにあるのに、意識は・・
「あの時、あんなことを言われた」
「なんで、あんな失敗をしたんだろう」
と、過去にいたり・・
「明日の仕事、嫌だな」
「将来、どうなるんだろう」
と、未来にいたりします。
つまり、現実には今しか存在していないのに、私達の意識は、思考によって過去と未来を行き来し続けているわけです。
そして、トールは、人間の苦しみの多くは、この【心理的な時間】から生まれると言います。
過去を思い出して後悔する。
まだ起きていない未来を想像して不安になる。
「いつか、こうなれば幸せになれる」と、今を未来のための手段にする。
でも、実際に私達が生きられるのは、いつだって、今この瞬間だけです。
未来が訪れた時も、その時には、それは「今」になります。
過去の出来事が起きた時も、それは、その時の「今」でした。
つまり、人生は常に、「今」の連続でしかない。
だからトールは、思考によって作られた過去や未来の物語から意識を戻し・・
今聞こえている音。今感じている呼吸。今ある体の感覚。今、目の前で起きていること。
そこに意識を向けるよう勧めます。
すると、一時的に思考の声が弱まり、思考の奥にある、静かな意識が現れてくる。
この、思考に飲み込まれず、今この瞬間に、静かに気づいている状態。
これが、トールの言う【今ここに在る】という状態なんですね。
なお、トールは、予定を立てたり、過去から学んだりすることまで否定しているわけではありません。
問題なのは、必要な時に思考を使うことではなく・・
必要がない時まで、過去と未来について考え続け、思考の世界の中で生きてしまうこと。
だから、未来のために行動しながらも、意識は、今行っていることに置く。
これが「今ここを生きる」という意味なのですが・・実践してみましょう。
5.「思考は私ではない」「今ここ」実践ワーク
では、実際に「思考は私ではない」や「今ここ」を、実際に、体験してみましょう。
まず、どんな姿勢でも構いません。
20秒だけ、思考を止めてみてください。
動画を一時停止し、ぜひ、実際に、やってみてくださいね。
はい、どうぞ。
・・いや~、できませんよね。
次々と、雑念が浮かんでくる。
自動で勝手に、考えが浮かんできてしまいましたよね。
で、あなたは、そのように「思考が勝手に浮かんでくる」と、気づいた。
つまり、あなたは、思考とは別の存在として、思考を、観察していたんです。
つまり、思考は、あなたではない。
あなたは、考えていない。
あなたは、浮かんでは消えていく、思考を見ている観察者なわけです。
実際にやってみると、勝手に思考が浮かんでくるので、こう感じますよね。
「うわ、マジだ。思考は私では、ないのかも」
では、もし仮に。
あなたが、意識して、考えているわけでもないのに、思考は、勝手に自動で、浮かんできているとした場合。
思考ごときに、悩まされるのは、バカらしいですよね。
いや、私達の本能的な自我は、そうは考えません。
「思考は大事だ。考えないと危険だ」そう判断し、考え続けようとする。
まあ、実際、本能・自我からすると、脅威ですよね。思考を止めるのは。思考が止まるのは。
生存確率が下がりそうで、怖い。
だから、自動思考を止めるのは、なんか、ちょっと怖い。
そう、感じませんか?
でも、大丈夫。
とりえあず、ちょっとだけ、やってみましょう。
ちょっとだけなので、安心してください。大丈夫です。
では、窓の外を眺めてみてください。
「あぁ、今日も雲が流れているな」
いやいや、それって思考であり、そういう思考が止まると『今ここ』が、現れるんですね。

だから、頭の、ちょっと上の空間に、目があるとイメージしてみてください。
あなたは、その、頭とは、分離された目で、外の風景を眺めます。
その空間上にある目は、頭・脳とは、切り離されているので、思考することはありません。
はい、では、頭の、ちょっと上の空間にある目で、ただ、外の景色を眺めてみてください。
はい、どうぞ。
・・どうでしょうか?
思考がない状態で、ただ、映像だけが流れていく。
そう、それが【今ここ】なんですね。
思考によって、色付けされていない、編集されていない、ありのままの『今ここ』。
ただ、映像と音声だけが、流れていく。
他に、何もない。
思考がないので、ちょっと怖い。
本能的な自我は、思考が消えると、生存確率が下がる!と判断し、恐怖心をだしてきます。
だから、漠然とした不安感がでるかもしれません。
よって、数秒くらいしか、その状態を維持できないかもしれない。
でも、それが、トールの言うプレゼンス(Presence)。
ここで言うプレゼンスは、単なる集中力とは少し違います。
思考が背景に退き、意識が鮮明に目の前にある状態です。
たとえば、危険が迫った瞬間、絶景を見た瞬間、強く感動した瞬間などには、一時的に思考が止まり、感覚が鮮明になることがありますよね。
この思考が止まり、「今ここ」だけになる状態は、瞑想でいう、浅い静寂(せいじゃく)状態に近く・・

メタ認知階層が、4から5へ進むなかで、自然と起き始める人が多いでしょう。
メタ認知階層4では「私は思考を見ている」ですが、階層5【メタメタ認知】へ進むにつれて・・
「私が観察している」という感覚さえ背景に退き、ただ経験だけがある瞬間が増え始める・・。
6.まとめ|思考から自由になる
さて、今回は、エックハルト・トールの本『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる』を参考にしながら・・
「思考は、私ではない」そして、「今ここを生きる」という話を見てきました。
私達は普段、「私が考えている」と思っています。
でも、実際には・・
意識していないのに、次々と、思考が浮かんでくる。
不安なこと。嫌だったこと。まだ起きてもいない未来のこと。
本能的な自我が、生き残るために、一生懸命、思考を作り続けているわけですね。
だから、思考が浮かぶこと自体は、悪いことではありません。
不安な思考が浮かんでもいい。
ネガティブな思考が浮かんでもいい。
大切なのは、その思考を、「これが私だ」「この思考は現実だ」と、すべて信じ込まないこと。
「あ、今、不安な思考が浮かんでいるな」
「また、本能的な自我が、未来を心配しているな」
そんなふうに気づけた時点で、あなたはもう、思考に飲み込まれてはいません。
思考を見ている側に、立てている。
そして、そこから少しずつ・・
目の前の景色。
今、聞こえている音。
呼吸や、身体の感覚。
今、実際に行っていること。
そこへ意識を戻していく。
すると、頭の中では、いろいろな問題が起きていたとしても・・
現実の「今ここ」には、意外なほど、何も問題がない瞬間があることに気づきます。
ただ、風が吹いている。
ただ、光が差している。
ただ、自分が、ここにいる。
その静かな時間は、何かを達成した人だけに与えられるものではありません。
お金が増えた後でもない。
問題がすべて解決した後でもない。
今、この瞬間に、誰でも戻ることができる場所です。
もちろん、ずっと思考を止める必要はありません。
仕事では考えていいし、予定も立てていい。
悩んだり、迷ったりする日があってもいい。
ただ、ときどき思い出してください。
思考は、あなたの中に、自動で、浮かんでくるもの。
そして、あなたは、その思考に気づくことができる。
だから、どれだけ頭の中が騒がしくなっても・・
あなたのすべてが、騒がしくなったわけではないんです。
その奥には、いつでも、静かに気づいている意識がある。
トールの言う「今ここ」とは、遠くにある特別な悟りではなく・・
今、目の前にある現実へ、そっと戻ることなのかもしれません。
焦った時。不安になった時。考えすぎて、苦しくなった時。
ほんの数秒で構いません。
「あ、今、思考が浮かんでいるな」
そう気づいて、呼吸を感じてみてください。
外の景色を見てみてください。
音を聞いてみてください。
すると、その一瞬だけでも・・
思考に振り回される人生から、少しだけ自由になれる。
そして、その小さな自由が積み重なっていくと・・
人生は、今までよりも、少しシンプルに。少し穏やかに・・
そして、少し楽になっていくのかもしれません。
なお、メタ認知階層が、3から4へと進むなかで、【私】の位置がズレ始めるのですが・・
私の位置が、ズレ始めていませんか?
こちらの話について、以下の記事が詳しいです。
・【一部公開】「思い込みメタ認知vs自我メタ認知」違いとは?「私」の位置
そして、メタ認知や、メタ認知5階層、それに、「思考との脱同一化」自動思考の完全攻略!の記事と合わせて、気軽にチェックしてみてください。
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・【保存版】メタ認知とは?|思考と感情を客観視する脳機能を5階層で完全解説
・【私の体験談】考えすぎて疲れる人へ|実は『思考を止める』必要はなかった話
最後まで、ありがとうございました。感謝しています。
<名無き仙人>




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